無意根山――イワナと尻セード
            1975年6月5〜6日     野原森夫、吾妻学農、山野弘和

 札幌岳から空沼岳縦走
            同    6月6〜7日     野原森夫、吾妻学農


 初めてのイワナ釣りに大興奮

 6月5日。日ごろの寝坊がたたって、札幌駅7時発の「定鉄バス」には案の定、乗 れなかった。遅れを挽回するため、定山渓からはタクシーに乗って無意根山登山 口がある薄別の「ヒグマ牧場」をめざす。

 北海道の山は、どうしても、ヒグマへの恐怖がとりついて離れないが、今度の山 行は3人パーティーなので少し心強い。登山口からは林道をどんどんつめて行程 をかせぐ。



無意根山の遠景

 登り始めて2時間ばかり、宝来沢の支流の渡渉地点で昼食にし、いよいよ楽し みにしていたイワナ釣りが始まる。ザックをデポし、林道を1キロメートルばかり下って、 沢におりた。

 ミミズを餌に、目の前のよどみへ竿をふりこむ。食いがないので、2つめのポイ ントの、やはり蛇行した流れのよどみへ。流される針の動きが少し止まったような ので、もしや、と竿をぐいっと上げると、竿を通じて重い引きが返されてきた。かま わず強引に空中に引き上げると、白い腹を見せてくねくね暴れる、予想より大き な魚が姿を現した。生まれて初めてのイワナだった。それにしても、すごくいい手 応えで、頭から足先までジーンとしびれてしまいそう。陸に上げられても、飛び跳 ねて、バタバタ暴れ続けているイワナを両手でしっかりつかんだ。「頭を石にうち つけたら、昇天するから」という山野君の声で、ごつんっと打ち当ててみたら、息 絶えてしまった。動かなくなったそのイワナをあらためて眺めてみると、背は緑が かった茶色、腹はキラキラ光る銀色、白い斑点が全身に散らばっていて、口は異 常に大きい。いい魚だ。やみつきになりそう。




釣れたイワナを手に


 沢をバチャバチャとのぼりながら2時間余りの奮闘のあと、今夜の食卓を飾る7 匹のイワナが釣り上がった。一番、大きいのは27センチもあって、山野君いわく「予 想以上の漁獲!」。腹を割くと、胃袋の中から沢の中の昆虫を中心に、水に落ち た青虫や大きな蛾の幼虫などまで、いろいろな虫が出てきた。

 大きな丸太ストーブがある無意根尻小屋

 ザックをデポした渡渉地点から無意根尻小屋までは、急な登りもある登山道と なって、地図で見るよりも長く感じられた。残雪が多くなり、ヤブと林のなかをぬう ようにすすんんでいくと、無意根尻小屋があらわれた。

 小屋はまだ1メートルはある雪につつまれるように建っていた。予想以上に古く、外 壁は、木の皮をつけたままの板を一面に打ちつけていた。床下にいっぱいおさ まっている丸太は、燃料らしい。中では、北大のエレガント・スキー部が合宿中 で、にぎやかだった。



無意根尻小屋で

 3人分のスペースをあけてもらい、夕食つくりにとりかかる。小屋は2階建て。1 階中央には、ドラム缶をひと回り大きくしたものを水平にばっさり切ったような、 大きな薪ストーブがあり、これが暖房兼調理の加熱用になっている。水は、その ストーブのそば、2・5メートルほどのところにある流しに、ものすごく冷たい沢水が引か れている。

 うまいシチュー、それにイワナの塩焼。とびきり豪華な夕食だった。お腹が満た されると、3人とも2階の板の間でうとうとする。ストーブががんがん燃えて、暖か い。後片付けをなんとかすませて、シュラフにもぐりこんだ。夜は、真ん中に寝た ぼくが2人の間をころげまわって、何度も起こしてしまったらしい。朝になって猛 烈な抗議をうけたけれど、ぼくは雨が降ったことぐらいしか覚えていない。

 雪の急斜面を登り、無意根山の頂へ

 6日。ビスケットの朝食だけで、手早く身じたくし、無意根山の山頂をめざす。午 前5時20分発。

 小屋から上は、ずっと残雪の登りが続いていた。夏道は深さ1メートルを超す雪に埋 まっている。谷底をすすんだルートが左手の斜面の登りにかかって、稜線から東 に延びる尾根にとりつくあたりが、通称、シャンツェの登り。雪が厚くついた斜面を キック・ステップで登る。かなり急な雪面で、尾根の直下では傾斜も30度を超すほ どになり、慎重に足場を切って高度を上げた。

 尾根の上に出てみると、意外に丸みのある、ゆったりした尾根だった。根曲がり 竹が密生し、一面のガスのなかにダケカンバの白い幹が何本も、まるで浮かんで いるようにたたずんでいた。さて、夏道が見つからない。残雪はいったん消えてし まって、ヤブをこいでいくのはたいへんだ。少し捜しまわったあげく、いったん谷側 へ下りて、尾根の直下の残雪の上をたどって、夏道を見つけることにした。急な雪 面を注意深くトラバースして小尾根を3つばかり乗り越すと、雪渓から竹ヤブのな かに踏み分ける登山道が見つかった。「よかった」。尾根の上にもどりかえして、今 度はしっかりした踏み跡に導かれて、視界がないなかを山頂をめざす。



シャンツェの雪田の上で、ようやく登山道に出る

 右から豊羽元山からの道をあわせると、道は稜線上をすすむようになる。傾斜の ないハイ松のなかを登って、「なんだか、平らになってきたな」と感じたあたりで、前 方のガスのなかにケルンが見えた。午前7時20分、無意根山の山頂着(1461 メートル)。



無意根山の山頂で

 期待していた山頂だったのに、後方羊蹄山方面の展望はまったくなく、ガスは冷 たい霧雨に変わり始めていた。それでも、シャンツェの登りで苦労させられただけ に、気持ちのいいひとときだった。ヤッケをはおって体を暖め、食事をとる。

 小屋への帰りは、キバナシャクナゲが咲く道を軽快に飛ばした。途中で、伐採さ れた灌木の手ごろな枝を3本調達した。シャンツェの下降の用心のために。登り では緊張させられた雪面だったのに、今度は、いい気分でとりつく。上部の急な斜 面は、慎重にキック・ステップで。途中からはグリセード滑降にきりかえ、一気に滑 り下りる。小屋に着くと、スキー部の連中は「カベ」(無意根山―長尾山の稜線下の 雪田)に滑りに出ていて、留守だった。静かな小屋の前で、3人で記念撮影して、ゆ っくり昼食の休みをとった。

 定山渓で山野君と別れ、札幌小屋へ入る

 薄別の登山口まで下山して、バスで定山渓にもどり、山野君と別れる。カツ丼を 食べ、食料を調達し、今度は吾妻君と2人でタクシーで札幌岳の登山口をめざし た。午後4時をまわってもまだ、陽は高い。登山口からは、植林された林の中やエ ゾ松らしい自然の林の中をすすむので、見通しもなく、けっこう暗くて、少し心細くな る。山野君の存在は大きいなぁ、などと、1人抜けたあとの寂しさを味わいつつ、日 がどんどん傾くのに急かされるように、行程をかせいだ。

 沢筋に道がもどり、しばらく登ると、突然、目の前に三角形の屋根があらわれた。 無意根尻小屋は北大の所有だったけれど、この冷水小屋は市内の私立大学が管 理している。ずっと新しく、内部もきれいな板敷きの小屋だった。水は、小屋のすぐ 前に小さな枝沢が流れ落ちていて、吾妻君と2人で「ひぇー、冷てえー」などと声を あげつつ、のどをうるおし、顔を洗った。

 やはり薪ストーブの大きなものが、1階中央にでんと据えられている。こんどは、自 分たちで火をつけなければ、暖はとれない。真っ暗になってきた小屋のなかで、か なり苦労して太い薪に着火させ、紅茶の湯を沸かした。カツ丼を食べてきた後だっ たのに、パン、スープ、チーズ、それにビールと、つぎつぎとお腹につめこんだ。

 展望を楽しみつつ、空沼岳へ縦走

 7日。ゆっくり用意して、9時前に冷水小屋を発つ。のっけから、尾根にとりつき、 ジグザグの急登が始まる。1時間15分ほどの登りで、札幌岳(1294メートル)の山頂 へ。天気が回復し、無意根山や中山峠の方面、そして前方の空沼岳と漁岳へ連 なる稜線が、よく見通せた。縦走路のすぐ目の前には「オッパイ」の形にそっくりの 2つの小山が見え、ルートはその二つの乳房の間をすりぬけるようにして、延びて いるのが見えた。

 大休止のあと、空沼岳への縦走にかかる。道は、林の中にはいり、笹ヤブをか きわけ、小さなアップ・ダウンをくりかえして進んでいる。途中の鞍部で眺めた狭薄 山は、三角形の尖った山容がこのあたりではきわだっていて、「いつか、登ってみ たい」と思わされた。

 午後1時50分、山頂着。空沼岳(1251メートル)は、東側がスパッと切れ落ちていて、 岩の尾根の高みといった、ところだった。それだけに展望はすごくよくて、灌木帯を こえて頂上に立つと、支笏湖のそばに立つ恵庭岳から南西側に漁岳、中山峠、無 意根山が続き、遠くにも余市岳らしい山が望めた。雪渓を白く引いた、緑濃い山々 は、のんびり山頂でくつろぐぼくらを、やさしく包み込んでくれた。

 万計沼(ばんけいぬま)をへて、二股バス停まで下山。夕方6時半発のバスに乗 った僕たちは、また、喧騒の札幌市街へと下りていった。



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野原 森夫