漁岳  漁入の沢遡行、オコタンペ湖下降
1975年8月24日〜26日
野原森夫、吾妻学農


 沢をつたい、頂に立ち、沢を下降

 漁(いざり)岳は、札幌市内を流れる豊平川の最上流部に位置する。標高は1318メートル だが、登山道がまったくない山だから、山頂をめざすには丸一日かけて沢から上がって 頂上に立ち、翌日、また沢へ下降するというルートをとるしかない。ガイドブックによると、 ルートのなかでは漁入の沢と豊平川本流が、ナメが連続しておもしろいと書いてあったし、 山好きの知り合いからは、漁入の沢は、ナメに入って滝が連続するあたりではイワナが たくさんいると聞いたので、このコースから登高することにした。

 夏も終わりの8月24日、今日は林道の途中で適当な泊り場を見つければいい、という 気安さで、午後4時すぎに定山渓温泉に着く。タクシーで中山峠方面に走ってもらい、定 山渓トンネルを越して300メートルほどいった林道の入り口で車を降りる。あとになって、豊平 川の谷底に行くには、林道入り口からさらに国道を走った、小さな沢型のところから、コン クリートの土管や溝をたよってヤブをこぎ、強引に下降すると早いということを知った。が、 このときは初めての場所だったので、はるか下方の豊平川へ蛇行しながらだらだらと下る 林道を歩いて時間を費やすしかなかった。

 途中、原付のカブに乗った監視員が登ってきて「それは釣り竿か?」と聞いてきた。どう やら、ザックに付けているダンロップ・テントのフレームの袋を釣り竿と見とがめたらしい。 豊平川の本流は、豊平峡ダムにヤマメを放流して自然涵養につとめており、禁漁河川とな っている。僕たちは、「これはテントのポールですよ。それに漁入の沢へ向かうところですか ら」といって、この場の追及を逃れた。実は、僕のザックには釣りの仕掛けだけはしのばせ ておいたのだが、これは連続する堰堤のさらに上流の漁入の沢(禁漁河川ではない)で使う 予定のものだった。

 谷底の林道には40分ほどで着いた。営林署の小屋をすぎ、二股橋(豊平川本流と漁入の 沢が分岐)をすぎると、すでに夕方の6時をまわった。林道はつぎつぎと分岐していて、暗くな ってからの行動はロスが心配だ。林道脇に工事現場の宿泊所があって、いい空き地もある。 僕たちはそこに頼み込んで、テントを張らせてもらった。作業に来ていた人達は親切で、「どこ の山に登るんだ?」とルートをたずねてきたり、炊事場を使わせてくれたりした。熊を恐れて のキャンプとはうってかわってのにぎやかさで、落ち着いて眠ることができた。台風が過ぎた ばかりだったから、夜は漁入り沢の大きな堰堤を落ちる水の音がすさまじかった。

ナメと小滝が連続する漁入の沢を遡行

 2日め(25日)、6時すぎに作業小屋を出るが、歩きだしてすぐに左右に分かれる林道にま ごつく。登山道があるルートではないので、これは仕方がない。北漁橋(標高700メートル)までくる と漁入の沢はぐんと水量が減っている。林道はまだ上部に続いているので先を偵察したが、 どうやら沢からは離れて登っているようだ。橋へもどって、ここから入渓する。9時45分。

 水流の幅は6〜7メートルか。いつもよりは水量は多いようだが、遡行には支障がない。少し 行ったところで左から滝となって合流する沢があり(標高770メートル二股)、漁入の沢の本流 もここで3メートル弱の滝を懸けてごうごうたる水煙を上げ、深い滝壺をつくっている。ここは階 段状になった岩場を利用して左岸を小さくまく。



770メートル二股の滝(F1)

上部では滝が連続して現れ始めた。沢が V字型になると水流は5〜6メートルでもすごみがある。釜や淵もごうごうと水が流れ、右岸に巻 き道を見いだして進んだ。ナメ状の釜が連続するあたりで、待ちきれずに釣りの仕掛けを 出し、ネマガリダケを竿にして試みてみたが、ここでは全然釣れなかった。

 標高830メートルの下二股で昼の一時をまわった。5万分の1地形図の崖記号はここにつけ られているが、これは誤りで、崖は770メートル二股にある。ここからは、沢で一番の美しいナ メ滝が連続する、すばらしい遡行が始まった。ナメは930メートルの上二股まで標高差100メートル にわたって連続しており、この二股から上で水流幅がわずか1メートルほどになってからも続い ていた。

漁火を見下ろす山頂に泊まる

 傾斜はぐんぐんきつくなり、沢は分岐が連続し、階段状の小滝にいたる。この滝を終える と水流は消え、伏流の石伝いに登って、ヤブコギとなった。踏み跡(溝道)がしっかりしてい るし、ようするに一番高いところをめざすだけだから、気は楽だ。僕らは踏み跡を登りつめ て稜線の一角に達し、100メートル足らずの稜線歩きをして、一番の高みに到達した。午後3時 50分。


漁岳山頂からオコタンペ湖と支笏湖

 漁岳の頂上は小広いといった感じだが、遠目に眺めて予想していたよりは狭く、テントを 張る平らな場所は、小さな石の祠のそばに限られていた。周囲を見渡すと樹海が延々と続 く山また山の連なりで、その連なりの一番の高みが漁岳だった。南東には恵庭岳(1320メートル) が立ち、支笏湖が広がっている。目の下を見ると、意外に近い場所に黒みがかった色の水 をたたえたオコタンペ湖があった。あそこまでは、まだ3〜4時間は優にかかる。こんな山ま た山の山頂に少人数で泊まるのは、北海道ではちょっと勇気がいるけれど、僕たちに選択 の余地はなかった。

山頂の夜は、水の用意が足りなくて、きりつめた夕食になった。日が沈むと、苫小牧方面 の太平洋の沿岸に、漁船の灯が何十もともった。「イザリ」はアイヌ語の当て字かもしれない けれど、「漁岳」の名は言いえて妙である。周囲が暗くなるにつれて、苫小牧その他の夜景 も美しく広がり、僕たちは何度もテントから顔を出して、それらを眺め、おかげで眠るのが遅 くなった。

霧とヤブの中で下降ルートに迷う

 3日め(26日)。今日はなんとか早めに水流のあるところまでたどりついて、腹いっぱい水 を飲みたい。ところが周囲には霧がたちこめてきて、視界は数十メートル程度に落ちるような天 気だった。そのため、出発してすぐ、山頂から南東の尾根をつたうところで、左手の沢(漁川) に降りる踏み跡に入り込みかけ、危うくもとの尾根に引き返した。

 正規のルートは、尾根を恵庭岳方面に向かってしばらく進み、山頂から200〜300メートルほど 先の鞍部で尾根筋を離れて右へ折れ、オコタンペ湖へいたるオコタンペ川(湖の上流は本当 はオコタンペ川の名はなく無名沢)の源流に到達する。頂上直下は崖状になっているから、す ぐにはオコタンペ川へ入り込むことはできない。ある程度尾根をたどって崖をやりすごしてから、 適当なところで尾根を離れて右へ下降し、オコタンペ川をめざすルートをとるしかないのだが、 右手の崖が頭にあるとどうしても、左手に踏み込んでしまって、正規の尾根ルートを外れてしま う。

 尾根は途中から、ネマガリダケ(チシマザサ)の完全なヤブコギとなった。霧が吹き払われると、 僕と吾妻君は背伸びをして前方を確認し、尾根の先にある小ピークで方位を定める。ようやく第 一目標の鞍部状の地点に到達し、ここから右へ下降を開始する。下り始めてすぐに、溝道(降雨 時の水流跡)を見いだし、これに導かれるようにして涸れ沢に出、たちまち水流に到達した。

 オコタンペ川は最初から小さな小滝が連続し、2本ほど右手から枝沢を合流させると、高度感 のある滝が行く手をふさいだ。これは左岸をスリップに注意して下降する。落ち口では右手、漁 岳の頂上側から白い岩をつたって滝が合流していた。しかし、源頭部のおもしろいところは、こ こらあたりまで。それからは沢の傾斜が次第にゆるくなり、ついには平地を蛇行して流れるように なって、水底で砂地に足が埋まるような前進が始まった。僕は、沢の上に横倒しになった巨木の 丸太をつたっていたところで、つい気を許して足を滑らせ墜落。肩と右手を思い切り丸太と地面 に打ちつけてしまった。

幻想のオコタンペ湖へ降り立つ

 川の蛇行はいよいよ本格的になった。きっとここは、オコタンペ湖へ押し出してきた扇状地か砂 州のようなところなんだろう。12時35分、山頂を発って4時間半もかかって、ようやくオコタンペ湖 に張り出した、こんどは正真正銘の砂州に降り立った。

 事前の調査が不十分といえばそれまでだが、僕の頭のなかでは、観光地の一つのようなたとえ ば湖面にボートなんかが浮かぶような、少しはにぎやかさもある「オコタンペ湖」を想像していた。と ころが、降り立った湖は人の気配はまったくなく、建物はもちろん、道さえもない。曇った空の下で霧 がたちこめた、暗く静寂な湖面と、それを包む樹海があるだけだった。そこはとてつもなく寂しいとこ ろだった。晴れていれば、原始の自然が………なんて言葉も出るかもしれないけれど、現実のオコ タンペ湖はなんとも荒涼とした、迫力のあるほどの寂しいところに映った。僕は吾妻君と、雨にそなえ てテントを張り、昨日は水がなくて作れなかったラーメンを煮た。



オコタンペ湖でラーメンをつくる

 とにかく車道までたどりつかないと、札幌へ帰れなくなってしまう。僕たちは、すり鉢状に深くなって いる湖の岸辺をたどり、踏み跡にそったり、ときには増水した湖面に足を入れて、水中の木の根の 足場に乗ったりしながら、オコタンペ湖を3分の1周ほどまわりこんだ。そして踏み跡に導かれて右手 の森へ入り、急な坂を下って車道に下り立った。(午後4時10分)

 右は支笏湖岸の小さな温泉、左は札幌−支笏−千歳間の国道となる。このままではまた夜になる ので、人家のあるところへとにかく出てみようと、その小さな温泉へ向かいだした。すると運良く空車の タクシーが通りかかった。「どこに行くの?」と聞くので「札幌へ帰るんだけれど、とりあえず温泉へ行っ て車を呼ぼうかと思っていたんです」と答えると、「あそこへ行っても帰る手段はない。ちょうど札幌へ帰 るところだから、安くしておくから乗っていけ」という。僕と吾妻君は「助かった」とばかりに、とりあえずバ スが走っているところまで、と乗せてもらうことにした。

 車は国道に出てからも、人家のほとんどない山道を走った。見通しのきくところから見えるのは、森ま た森の樹海の広がり。見覚えのある集落まで来たら、そこは空沼岳方面へのバス道の分岐だった。車 は真駒内の地下鉄の駅をめざして走る。

 札幌から近くて、遠い漁岳。樹海と湖、ナメが続く沢に囲まれた、登りごたえのある山だった。





山ノートのルート図




http://trace.kinokoyama.net  
北海道の山 Index へ    HomePage の TOP へ
記事、写真の無断転載を禁じます Copyright (c) Nohara Morio.
since Nov.2000


野原 森夫