芦別岳と夕張岳

         1975年8月14〜17日
     単独





夕張岳の東面(石狩金山側)。
中央部を屈曲しながら上がる尾根が小夕張岳を経て山頂にいたる登高ルート
カシミール3D(DAN杉本 作)で描画。
ランドサット衛星画像と、国土地理院50m数値地図を使用



 鈍行「からまつ」で未明の山部駅へ

 札幌から十勝連峰、芦別岳や道東方面への登山をおこなうのに便利で安い列車 は、鈍行の「からまつ」で、帯広まで一晩がかりで走る列車だ。8月14日夜10時20 分、秀岳荘製のアタックザックに満杯の装備と食糧をつめこんで、お盆で混雑する この列車に乗った。客車に立ち入ることもできず、デッキに立ってドアに体をくっつ けているのがやっとというほどの混雑だった。

 岩見沢、滝川をへて富良野の駅には長いこと停車したが、このころには床に腰を 下ろすくらいの余裕もできた。富良野駅は操車場のライトに照らされて銀色のレール が光り、8月というのに空気が冷たかった。

 芦別岳の登山口の山部駅には、15日午前3時前に着いた。まだ真っ暗で、しかも 寝不足の体で登るのはつらい気もしたが、今日は芦別岳を往復したあと、夕張岳の 登山口まで移動しなければならない。サブザックに今日の行動に必要な装備と食糧 をわけてパッキングし、ザックを駅員さんに頼んで、出発した。

 道は牧場や農地の間を、緩くまっすぐに、西へ進んでいる。砂利道で足をとられる が、寒いくらい涼しいのでかなりの早足で進み、四〇分弱で登山口に着いた。4時近 くになったので、芦別岳の山体が黒くぼんやりと浮かびあがってきた。20分休んで山 の形と登山道がはっきりと見えるようになったところで登り始める。

 1時間ばかりで、山部方面と十勝連峰が見渡せる見晴らし台に着いて、朝食をとる。 まだ五時すぎ。ここからも樹林のなかの登りが続くが、芦別岳の熊の沼沢や地獄谷越 しに夫婦岩などの岩場が透けて見える。半面山(1397メートル)が近づくと、屏風岩、夫婦 岩の眺めがすばらしく、芦別岳の岩場の核心部が展開してきた。

 緑の稜線と残雪に埋まった谷

 半面山に6時すぎに到着。上部には丸みをおびた雲峰山が見え、その上にくっきりと 立つ芦別岳の山頂部が望めた。半面山から、道は熊の沼の脇を通って、電光形の急 登となる。

 ピッチを上げて雲峰山へ。雲峰山の地獄谷側はすっぱりと切れ落ちている。いよいよ 山頂に続く尾根に至る登り。ここも東側が切れ落ちていて怖いくらいだ。道は尾根をいっ たん西側に乗り越して山頂へと続いているが、ここまできて、夕張岳へと続く稜線の全体 が視界に入ってきた。朝日に照らされて、明るい緑色の山肌が光り、山頂付近に薄茶色 の岩場があるのは、ポントナシベツ岳(1683メートル)か。その頂の南面は、上部は美しい緑 の草地だが、下部は見渡すこともできないほど急傾斜で落ち込む深い谷(ポントナシベツ 川)が刻まれていた。この谷は長大な雪渓で埋めつくされている。

 芦別岳山頂(1727メートル)に午前7時40分に着く。寝不足もあったので1時間20分も大休 止して、夫婦岩方面に続く旧道の険しい稜線や地獄谷の断崖の景観を眺めた。 見下ろす地獄谷は、夏の終わりの、崩壊がひどい雪渓がはりついて陰惨な光景だった。 ヒグマの姿がないかと、ポントナシベツ岳方面の草地やハイマツ帯を飽かずに探したが、 その姿を視界にとらえることはできなかった。

 9時ちょうどに山頂を後にする。三時間余りで山部駅まで降り着いた。1時間のまちぼう けのあと、午後1時29分発の普通列車で、2つ先の金山駅へ向かう。

 金山駅からトナシベツ川の林道を分け入る

 金山駅に、15日午後1時50分着。暑い日差しのなかを、重い荷を担いでとぼとぼと歩 く。町はずれに出るとトナシベツ川を渡り、この川に沿って山へと入っていくようになる。途 中、営林署に寄って、入林許可証をもらった。このあたりのトナシベツ川は、下流にダムが あるため、満々たる水をたたえて予想をはるかに超える「大河」だ。この川の源頭にあるの が夕張岳。これからの行程の長さを思う。

 金山から1時間20分(5`メートル)ほどのところに、トナシベツ川を渡る最初の橋があった。そ ろそろ4時も近いし、あまり林道を先までいくとヒグマも怖い。右手から適当な小沢が入って きて水が得られる場所を泊り場に定め、午後4時05分、ザックを下ろして、道の脇にテント を張った。

 沢の水の音と鳥の声だけが周囲を包む。単独行はいつものことだけれど、北海道の山で 一人でテントで泊まったのは、考えてみれば、昨年、ニセコアンヌプリに登ったとき以来だっ た。それにこの場所は、人が住む所から5〜6キロ以上も離れた山の中。「ええい、ままよ」 と睡魔に身をゆだねた。



夕張岳ルート図。山ノートから


 小夕張岳へ、まったく人に出会わない道
 

8月16日。暗いうちに目を覚まし、午前4時25分に出発する。登山口のエバナオマンドシュ ベツ川の出合いまでは、林道をさらに1時間以上、上がらねばならなかった。このトナシベツ 川の支流は幅3〜4メートルで、入り口はやぶが多く、大石が累々と重なる急流だった。

 登山道に午前5時45分にとりつく。道は、チシマザサのやぶを刈りわけて、電光形になって 登っていく(滝本幸夫氏の「北の山」1972年刊で紹介されている「試練坂」か)。こういう道は、 折れた先が見えないから、「熊と出会い頭になるのでは」などど考えてしまい、あまり気分はよ くない。快晴の天気で、汗があごからぽたぽた落ちた。道が尾根の上をたどるようになると、樹 林のなかで小さなアップダウンとなり、ぬかるむ場所も越えていく。1110メートルの小さなピーク(「熊 ノ峰」!)の手前に水場があり、ここに7時10分に着いた。水場は、登山道から右へ下る踏み 跡を6〜7分たどったところにあった。

 1110メートルのピークから小夕張岳へは、あまり峠らしい地形はなかったが、ここらが「地獄峠」! と呼ばれるあたりか。すぐにヤセ尾根の急登が始まる。小さな鎖場もあった。日差しはますます 強く、汗がどんどん流れた。やはり、「からまつ」の車内での寝不足をひきずったままの強行軍 のため、体がそうとうまいっているようだ。今日一日分の体力なんか、さきほどのチシマザサの 中の登りで全部、使い果してしまった感じだ。「もっとゆったりした計画にして、今日は、一日、ト ナシベツ川でイワナでも釣っていればよかった」などと考えてもみた。

 ようやく、きつい登りを終えて、小夕張岳(1234メートル)の山頂に立つ(8時35分)。鋭いピークの この前衛の山からは、夕張岳の本峰が目の前に見えた。「なんて大きな山だろう」。その頂から 見る夕張岳は、どのガイドブックのどの写真にも優るほど、大きくて高度感があった。夕張岳は、 南北にどっしりと大きな尾根を張り、金山側(トナシベツ川)の深い谷から屏風のような岩の壁を せりあげてピークが築かれていて、威圧的でさえあった。ここから標高差はまだ400メートル余りあ る。でも、じかに感じるこの山の大きさは、この数字をはるかに超えていた。

 ヒグマに追われ、山頂へ走り上がる

 ぼくは、この展望台で昼食をとって、いよいよ本峰への縦走に入った。途中、「極楽峠」と呼ば れる場所があるはずだが、道標がないのでこれも定かでなかった。このコースは「試練坂」だの 「熊ノ峰」だの「地獄峠」だのと「ものすごい通称で呼ばれる地点を楽しみながら本峰へ達する」 なんてガイドブック(「北の山」)には書いてあるが、一人、疲れ切った体を引きずって進む自分 には、楽しむ余裕はない。

 おだやかでない事態が起こったのは、小夕張岳から3つめのピークの登りにさしかかったあた りでだった。登山道のところどころが真新しく掘り返されている。ヒグマが山草の根を掘って食っ た跡だ。しかもこの掘り返したあとは、登山道の上にばかり続いている。少し行くと、こんどはま だそう古くない、ヒグマの糞があった。初めて見るヒグマの排泄物は黒緑色だ。「なんだ、これくら いの量なら、俺だって負けやしない」。そう思って前へ進むと、こんどは前より短い糞がもう一本。 前のは軟らかくてボタッと落ちた感じだったけれど、こんどのは固形に近い。また行くと、またもう 一本の糞が………。土の掘り返しの跡もまだ続く。うわあ、これは、たいへんな大物のヒグマだ。

 怖いと思ったのは、掘り返しの跡を見つけた最初のときからだったが、もう今では、一刻も早く、 ここから抜け出すことしか考えていなかった。背筋もゾクッとする。ここ、金山側からの縦走コース は、夕張岳の登山コースのなかでも、めったに人が通らないところであり、おまけにクマの数は多 いと営林署でも聞いている。それが、今、目の前の現実の恐怖になった。

 いつの間にか、駆け足のようなペースで登っていた。こんなところは、一時でも早く抜け出したい。 土を掘り返したあとと、糞とは、性懲りもなくいぜん20メートルくらいの間隔で現れる。小さなピークを越し て下りにかかると、その間隔はさらに広がる。笹原におおわれた鞍部でなんか、いまにもヒグマが チシマザサのやぶの中から「ダダーッ」と飛び出してくるような感じさえした。腰のナタに幾度も手を やる。クマよけのホイッスルを吹き鳴らし、時々大きな声でかけ声をかけて、怖い「山オヤジ」を追 い散らす。

 ついに最後のピークを越して、本峰の真下までたどりつくと、いつのまにかヒグマが掘り返した跡 はなくなっていた。見上げると、夕張岳の山頂には人の影も見えて、声も聞こえてくる。ぼくは、そ の頂をまいて西側に出、縦走コースの終点、吹き通しの分岐に達し、ここでやっと大休止をとるこ とにした。そして、いつ傷めたのか、痛むくるぶしをかばって、夕張岳本峰の岩の頂(1668メートル)に 着いた。(11時15分)

 ユウバリソウの群落と、ヒュッテの熊談義

 本峰からは、ときどき登山者ともすれちがう、気楽な下山となった。吹き通しの分岐付近では、こ の山の特産種、ユウバリソウの群落に出会えた。水場もいい間隔であり、とくに憩沢の源頭はエゾ リュウキンカのまぶしい黄色の花で埋まっていた。夕張岳の山頂の展望ともお別れとなる望岳台か らは、冷水沢のコースで下降。ふもとの林道終点に建つ夕張ヒュッテに着いたのは午後6時近くで、 この日の行動時間は13時間30分に達していた。

 小屋で、夕げの支度をしているうちに、日が暮れた。夏の満月が黒い山稜の上に浮かぶ夜。怖く て、それでいて人気のない素朴な自然にふれることのできた、いい山旅だった。ヒュッテの管理人 さんは60歳少し前くらいの人で、1年前の恵廸山の会の山行に参加した平野勝也君(北大山岳部 キャプテン。79年3月、知床で遭難死)が土産話に僕に話してくれたように、股にぴっちり吸いつく ような、おかしなタイツを着用していた。よく冷えたスイカの御好意に甘えながら、ぼくは、その管理 人さんの迫力いっぱいの熊談義を拝聴して、山旅の最後の夜をすごした。

 翌8月17日は、午前6時前にヒュッテを発つ。16キロメートルもの林道歩きを覚悟していたが、駐車場 まで下ったところで地元の人に車に乗せてもらい、夕張の明石町まで40分ほどで着いてしまった。そ こから、三菱鉱業所のバスが札幌まで出ている。長沼町の水田地帯をぬけて、バスが札幌駅の同 バスの終点に着いたのは、まだ朝の9時すぎだった。


(三菱鉱業所の札幌駅のバス停・終点は、同事務所前の広場に あった。北大植物園の北東側、道 路のはす向かいあたり。函館本線の線路のすぐ南側で、現在は高層ホテルが建っている。)



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野原 森夫