丹沢のキノコ 1
1996年7月


ハタケシメジ

 1996年の9月初旬のこと、知り合いが私に「ところで、野原さん。キ ノコが変なところに出ているんだよ」という。



 「変なところって、どこに?」「すぐ、そ この軒下なんだけど、このあいだ、カエルがいたのでそ いつを見ていたら、軒下のベランダの下にもぐりこんで いってね。そうしたら、そこにキノコが生え出していた んだよ」。Aさんも、「そう、変なところから生え出 してきたキノコなんだよ」などと話している。 「どれどれ」と体をかがめた。

 のぞいて見ると、あった、あった。そこは、いってみ れば「床下」の場所だった。一階から外に張り出したベ ランダの床と地面の間には、わずか二〇センチ余りの空間が ある。その狭い領域の地面から、濃くくすんだ茶色のキ ノコが株状になって生え出していた。

 「あっ、すごい。これはハタケシメジだ」。よく見る と、成長した大きな株だけでなく、一メートル四方くらいにわ たって、幼菌がそこここから顔を出している。「これは 、存分に楽しめますよ。これから何年かにわたって、毎 年出てきますから」。ハサミを使って、成長した傘のも のだけを大事に収穫したら、広げた新聞紙がハタケシメ ジで一杯になった。

 ハタケシメジは、地面の中に埋もれた木材にとりつく 菌で、地表に菌糸を伸ばしてキノコ(子実体)が生え出 す。一度、キノコが見つかれば、何年かにわたって、同 じところから出てくるため、私も七〜八年前に、塩山市 の民宿の庭のハタケシメジを三年連続で食べさせてもら ったことがある。味もかなり上位の部類に属していて、 しゃっきっとした歯応えがあって、こくのあるエキスが いっぱいだ。ひさしぶりのこのキノコをホイル焼きにし てみんなで味わった。

 「こんなところに、木が地 面に埋まっているんだね」「ええ、きっと工事のときに 、菌がついた木材が埋められたか、そこの地面に胞子が 飛んできたんだと思いますよ」。

 このキノコに似た味わいがあるキノコに、ハルシメジ があり、そのキノコは毎年四月に、相模湖から丹沢に向 かう道路脇の森のそばに、生え出していた。ところが、 橋を新しくする大がかりな工事とともに、道路も森もざ っくりと掘り返され、整地されて、ハルシメジはそれっ きり姿を見せなくなってしまった。

 ハルシメジは果樹が大好きで、ハタケシメジは庭先や 畑の土の中の埋もれ木が好き。どちらも人間の世界と一 定の縁をもちながら生き抜いてきたわけだが、生え出し てきた以上、地中の菌糸が元気に子実体を咲かせつづけ られるように、大事に見守っていきたいものと思う。

タマゴタケ

 意外な対面だった。時期も梅雨のど真ん中なら、場所 もスギやモミの植林地のすそで。いつものように先行 して登るAさんが、「これ、なんだい?」と聞くので 、足元を見ると、赤橙色のカサをつけたキノコが道の脇 に横になっていた。誰かが摘んで、捨てたらしい。「こ れはタマゴタケですよ。おいしいので人気のキノコです 。色を見て食べられないと思って、捨てたんでしょうね 」。この周辺の山を歩き回って、タマゴタケに出くわし たのは、初めてだった。しかも、六月の梅雨の真っ盛り に。「このへんに、よくあるのかなぁ?」「いや、ふつ うは、八ヶ岳とか瑞牆山あたりの、白樺やナラなんかの 林に生えているんです。一回のキノコ狩りで二〜三本採 れればというキノコで、あまり数は出ないんですよ。落 とした人は、どこか別のところで摘んだんですね」。 (タマゴタケがモミの若い林に大繁殖することは、あとで 富士山で知った。)

 丹沢での山歩きは、たいていヤブコギがミックスに なる。この日も、タマゴタケがあった植林地帯を抜ける と踏み跡が途切れて沢筋をたどって登るようになり、今 度は右岸に現れた踏み跡を急登して、モミが植林され た荒れた林に入り込んだ。モミの幹の間で、草と丈の 低い雑木が密生し、ヤブになっている。そこで、またA さんが、こんどは元気に傘をひろげたタマゴタケを三 本見つけた。これは、立派だったので、採ることにした 。ていねいに捜せばもっとあるかもしれないけれど、今 日は時間が限られているので、先へ進む。

 ヤブばかりのモミ林から杉の林へ入り、ついで、小 さな尾根筋の峰の部分にだけわずかに残った雑木と灌木 の林に入った。足元は腐れかけた落ち葉でふかふか。と 、こんどは同行したMさんが「また、タマゴタケだ」と 声を上げた。近づくと、ある、ある。5〜6本の立派な タマゴタケが、これも大きな傘を広げている。

 道が消えた林を抜けて、またヤブコギを続けると、目 の前が急に開けて見慣れた林道に下り立った。この日、 収穫したタマゴタケは、家に戻ってか ら、夕食のすまし汁に入れて味わった。

 それから十日ばかりして、丹沢山から蛭ヶ岳を一日がかりで縦走しての下山 の途中、私たちはまたもやタマゴタケに出くわした。こ んどは登山者があまり歩きそうもない、スギ林に続く作 業道で。道端の脇に、雨に打たれて、ポツン、ポツンと タマゴタケが首を垂れていた。「また、あった」「おっ 、まただ」。こんな季節に、こ んなところで出会うなんて、ほんとに予想もしないこと。 八ヶ岳でも八月下旬以降なのに。六 月の後半以降、結構、雨が多くて、毎日のように降って いることも、効いているのかもしれない。

 夕暮れが迫っていた。雨は激しく雨具をたたき、タマ ゴタケの柄にも傘にも、泥がはねあがっている。数本が ひと所によりそうように生え出せば、こんな天気も吹き 飛ばすほど、にぎやかなのに。間隔をあけて、一本、一 本、生えているタマゴタケが、少し寂しそうだった。
              (1996年7月)




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山の便り、大地の恵み (野原森夫)
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